SSLの歴史:「SL4000番台」コンソールの軌跡と品格

「そのスタジオ、卓はSSLかい?」―1980年代以降、世界中のスタジオでもはやSSLコンソールの導入は必須事項でした。名高いプロデューサーやエンジニアを魅了してやまないSSLの品格とは何なのか?前回に続き、本記事の執筆に当たっても、英国SSL本社スタッフが多くの貴重なアドバイスをしてくれました。SL4000Aから大ヒットとなったE,Gシリーズに至るSSLコンソールの歴史をじっくり紐解いていきましょう。

SSL創設者コリン・サンダースの遺産 : 開拓者のプロトタイプ・コンソール

1996年。週刊ビルボード誌の「スタジオアクション」欄によると、「この年チャート1位を獲得した曲の実に83%がSSLコンソールで制作された」という記録が残っています。NeveやAPIよりも、あなたのプレイリストに最も貢献しているのはSSLかもしれません。本記事では、そんなSSL英国本社スタッフの協力を得て、創設者コリン・サンダースの物語に焦点を当てました。

ゲオルグ・ノイマンの偉大なる仕事(後編): U47からU87へと続く変革と革新

前編ではノイマンの会社設立前から第二次大戦直後までの仕事の一部をお伝えしました。後編ではノイマンのその後の躍進に迫り、いよいよU47、U67、U87と言った歴史的なマイクが登場します。
終戦後、ベルリンに戻ってきたノイマンが1976年にこの世を去るまでの約30年間、一体どんな出来事があったのか、振り返ってみましょう。

ゲオルグ・ノイマンの偉大なる仕事(前編):コンデンサーマイクの夜明け

機材の開発者が辿った歴史を研究することは、レコーディングの本質と向き合う上で、しばしば重要なヒントを私たちに与えてくれます。
ゲオルグ・ノイマンが歩んだ人生は、まさにそのままコンデンサー・マイク発展の歴史と言っても過言ではありません。
12人兄弟の末っ子としてドイツに生まれ、激動の時代を生きた彼が、一体どんなドラマを経て現代まで続くすばらしいマイクの数々を開発してきたのか?時代を遡り、ノイマンの残した偉大な歴史の一部を辿ってみましょう。