コンプレッサーの使い方:目的別スレッショルドとKNEEの設定方法

音作りに活かす「エフェクト」としてなのか、なるべく自然にピークを削る為の「調整」なのか?コンプレッサーの役割を知り、適材適所の活用法を身につけましょう◎

関連記事:コンプレッサーの使い方:アタック・リリースと音の関連性

スレッショルドの役割

コンプレッサーは、ある一定のラインを越えた音量を小さくする為のツールですが、その「ある一定のライン」を設定するのがスレッショルドの役割です。日本語では「しきい値」とも呼ばれています。

スレッショルドは、手動で自由に設定できる事もあれば、モデルによっては自動で設定されたり、固定であったりと、ノブとかツマミ自体が存在しない場合もあったりします。

たとえば、クラシックなコンプレッサーの名機として知られるLAー2Aや、1176には、「スレッショルド」のノブやツマミはありません。

スレッショルドの無い Pro Tools BF-76
ProToolsに標準搭載されている1176のデジタル・エミュレート・プラグイン「BF-76」。ハードウェア版と同様、スレッショルドを設定できない。

逆に、メインのコントロールがスレッショルドだけで、それ以外の値に関する設定がほとんど出来ないというモデルもあります。

たとえば、「マキシマイザー」と呼ばれる類のプラグインなどは、「スレッショルドがほぼ唯一のコントロール」という場合が多いですね。

Waves L1 Limiterのスレッショルド
Wavesから発売されているマキシマイザーの代表格「 L1 Limiter」。マキシマイザーとリミッターは、どちらもコンプレッサーの一種。

一方、デジタル・コンプレッサーでは、ほとんどの場合、スレッショルドを自由な値に設定することができます。

関連記事:ゲートとエキスパンダーの使い方

たとえば、ProToolsに最初から付いて来る優秀なデジタル・コンプレッサーの「Dyn3 Compressor/Limiter」では、もちろん自由にスレッショルドを設定する事ができますし、WavesのC1コンプレッサーも同様です。

Pro Tools Dyn3 Compressor/Limiter
ProToolsのストック・プラグイン「Dyn3 Compressor/Limiter」。大変優秀なコンプレッサーで、使いこなせばこれ一台でいろいろな事ができる。

ゲイン・リダクションについて

つまづきがちな点ですが、スレッショルドは相対的だという事を、まず知っておきましょう。

たとえば、スレッショルドを-20dBに設定したとしても、インプットが-30dBの場合と-10dBの場合では、結果が全く異なります。

コンプレッションしようとしている音が小さければ、その分スレッショルドを低く下げていかなければ、目的の音をスレッショルドに引っ掛ける事はできません。同様に、コンプレッションしようとしている音が大きい場合にスレッショルドの位置が低すぎると、何から何まで必要以上にコンプレッションされてしまい、支離滅裂な音が出来上がってしまいます。

そういう意味で「スネアはスレッショルド-20dB」とか、「ボーカルはスレッショルド-10dB」とかいう設定の覚え方は全く無意味なので、気を付けなければいけません。

一方、「どれくらいコンプレッションが掛かっているのか」を知る基準としては、ゲイン・リダクションという目安が大変参考になります。

ゲイン・リダクションとは、コンプレッションによって減った音量という意味で、多くの場合は「Comp」とか「Gain Reduction」とか書かれたメーターや数値などによって、視覚的に確認する事ができます。

例えば、Dyn3 Compressor/Limiterでは「GR」と書かれたメーターがあり、ゲイン・リダクションが起こると、そのタイミングに合わせてオレンジ色のゲージがゲイン・リダクションの分量だけ下方向に伸びます。

ゲイン・リダクション
Dyn3 Compressor/Limiterでは、インプット音量、アウトプット音量を示すメーターの横に、ゲイン・リダクションのメーターが設置されている。図は、ちょうど-1dB程度のゲイン・リダクションが起こった瞬間。

たとえば「スネアを1~2dbゲイン・リダクションする」には、まず、スレッショルドを少しずつ下げていき、スネアが鳴った時に、GRのメーターが-1dBか-2dB位にまで下がる所に設定すれば良い、という目安に使えるわけです。

目的別スレッショルドとソフト・ニーの設定方法

コンプレッサーの利用目的は、大きく分けて2つあります。

1.透明な処理

2.エフェクト的な処理

「透明な処理」の目的は、音量のコントロールです。たとえば、ボーカルの音量の粒や、ギターのカッティングのレベルを揃える処理などがこれにあたります。音量の粒を揃えたいだけなので、コンプレッションをかけたという形跡は残らなければ残らないほど望ましいという事になります。

一方、「エフェクトとしての使用」というのは、いわゆるドラムに対する「Slam」「Pump」といった、「ぶったたく」処理の事を言います。こちらはパラレル・コンプレッションのAUXトラックなどでよく用いられるアプローチでもありますが、要点としてコンプレッションの形跡を意図的に残す使い方だという事です。

以下では、実際のパラメーター設定の代表的なものを何通りか紹介していきます。

ピークとトランジエントをコントロールする為の設定例

浅めのスレッショルド+KNEEの設定なし。
Dyn3 Compressor/Limiterアタックとリリースのデフォルト値はそれぞれアタック=10ms、リリース=80ms。

これは、ProToolsの「Dyn3 Compressor/Limiter」でレシオ3:1、スレッショルド-10dB、KNEEを0に設定した時のグラフです。アタックやリリースは今回は話題にしないので、基本的にはデフォルト値だと考えてください。

-10dBのスレッショルドと言えば、大体のコンプでは図の様にグラフのかなり上の所が少し曲がるくらいの、やや浅い設定です。音量のピークが-0.3dBFくらいのドラムを通すと、たまに1dB前後のゲイン・リダクションが起こる様子を想像してください。

このような浅い設定のメリットとしては、コンプレッション処理をソースの極ラウドな部分だけに限定出来るという事です。言い換えれば、ラウドな部分以外のほとんどのシグナルはコンプレッションの影響を受けていないという事になります。

たとえば、今回のドラムトラックの例であれば、コンプに引っかかっていたのはほとんどキックだけで、スネアやハットはほぼゲイン・リダクションされていません。

では、逆にデメリットは何なのかというと、コンプされた部分とコンプされていない部分の「繋ぎ目」が不自然になりやすいという事です。これはタイム・コンスタント(アタックとリリースのこと)が短い値であればあるほど顕著で、たとえば今回のドラムトラックの例で、アタック最速(10μs)リリース最速(5ms)に設定すると、キックの頭の部分で位相のズレの様なおかしなエフェクトが表面化します。

ちなみに、この不自然なエフェクトを強烈に突き詰めていくことで、まるでオーバードライブでつぶされた様な特徴あるトランジエントをデザインする事もできますが、そうではなく、このおかしなエフェクトを極力避けたいんだという事であれば、必要に応じてタイム・コンスタントを長めに設定する方法と、実はもう一つ、「KNEE」を使う方法があります。

「KNEE」の活用で自然なコンプレッションを

「KNEE」とは、コンプレッションが全く掛かっていない状態から、掛かりはじめるまでの推移をなめらかにする機能です。単に「KNEE」と呼ばれる他、「SOFT KNEE」などと表記される事もあります。

スレッショルド浅め+KNEE設定あり
先ほどの設定のまま、KNEEを15dBに設定した状態。

ご覧の通り、KNEEを設定するとグラフの角が丸くなります。いわゆる「SOFT KNEE」と言う状態で、微々たる変化の様に思えますが、これにより、本来スレッショルドに引っかかる音量よりも更に手前の音量から徐々にコンプが作動するようになります。

つまり、KNEEなしの場合であれば、スレッショルド値を境に、機械的なコンプのオン・オフが繰り返されるのですが、KNEEを設定する事によって、スレッショルド近辺の音量から、段階的にコンプが掛かる様になります。ですので、たとえタイム・コンスタントを最速に設定した場合でも、先ほどの様な不自然な結果にはなりにくいと言えます。

似た様な例として、DAWのオーディオ・クリップやオーディオ・リージョンの前後にフェード・アウト処理を施す事で「プチッ」というクリッピング音を防止する作業がありますが、イメージとしては少し近いかもしれません。

KNEEを設定すると、本来のスレッショルド値を下回る音量でもコンプレッションの対象となる為、結果的にゲイン・リダクション量は増加する事になります。たとえば、今回の例では、KNEEを設定したら一気に約5dBのゲイン・リダクションが起こりました。KNEEなしの場合は1dBだった事に比べると、KNEEの設定によって約4dBも多くのゲインリダクションが引き起こされたことになります。

しかし、その分、より自然かつなめらかなコンプレッションが得られるメリットがあるので、結果的にこれを良しとするか、ダメとするかは、状況次第、音次第、というセンスの判断ということになります。

実際的な例としては、もし今回「5dBのゲイン・リダクションはやり過ぎなので、3db前後に抑えたい」と思ったとすると、KNEEの設定はキープした状態で、-10dBだったスレッショルドを、-8~-6dB位にまで更に上げる、というアプローチも考えられますし、逆に、スレッショルドの代わりにレシオを2:1などに下げる、と言った事も考えられます。こうすれば、マイルドなコンプレッションを維持したまま、ゲイン・リダクションも希望の範囲内に抑える事ができるわけです。

ビンテージ・コンプレッサー的な設定例

次に、レシオ2:1、スレッショルド-30dBという設定にしてみます。KNEEは20dBで、タイム・コンスタントは共にデフォルトのままです。

レシオ2:1、KNEE設定あり
浅めのレシオ+KNEEを設定した事で、ビンテージ・コンプレッサーの様なカーブになったグラフ。アタック・リリースはデフォルトのまま。

この状態で、先程と同じドラムを通してみると、常に10dB以上のゲイン・リダクションが発生している状態になり、音に関しても、いかにも「ぶっ叩かれた」様な音がしますが、やや音楽的でもあり、そんなに嫌な感じはしません。

一方、この状態で徐々にスレッショルドを-20dB、-15dBと言った具合に上げて行くと、だんだん音が自然な感じに近づいていきます。

これが、いわゆるビンテージ・コンプレッサーをデジタル・コンプで表現している様な状態で、ゲインリダクションをたくさんするとエフェクト的な音になる一方、5dBくらいのゲイン・リダクションだと、ある程度の音の強弱(ダイナミクス)を維持したまま、自然なコンプレッションを実現する事ができます。

エフェクト的に使用するならパラレル・コンプレッション用のAUXトラックなどに最適ですし、自然なコンプレッションにとどめるなら、ダイナミクスを損なわずに、音圧を上げる用途なんかに使う事ができます。試しに、5dBくらいのゲイン・リダクション処理をした上で、メイクアップ・ゲインのノブを4dBばかり上げてみましょう。全体的に実際の音量は下がったにも関わらず、聴感上は音量が大きくなった様に聴こえます。

これがいわゆる「音圧を稼ぐ」という事で、何が起こっているのかと言うと、小さな音と大きな音の差(ダイナミクス)を犠牲にして、音圧が上がっているのです。やり過ぎるとだんだん抑揚がなく、面白みのない音になっていきますが、控えめにしている分には、効果的な場合もあります。

ちなみに、極端な設定としては、レシオを100:1にして、ほぼリミッターの様な使い方をすることもできます。

KNEE設定あり+レシオ100:1
リミッターは、コンプレッサーのレシオが限りなく∞:1に近づいた状態を言いう。

この場合も、KNEEやスレッショルドを変更すると、音が全く変わります。

ぜひ、いろいろと実験してみてください。