前回、コンプレッサーの使い方:目的別スレッショルドとKNEEの設定方法という記事で、どんな目的でどんな風にスレッショルドを設定すれば良いのかという話をしました。
後編の今回は「タイムコンスタント」、つまり、アタックとリリースの設定が、音に対してどんな影響を与えていくのかを見ていきます。
スレッショルドの時も述べましたが、「スネアにはこのアタックとリリース・タイム」という通り一遍な覚え方でなく、「こういうスネアならこの位の設定」という風に、その場で判断できるようになる事を目指しましょう。
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アプローチの種類
コンプレッサーの設定は、音楽性(ジャンルや時代など)を規定するのに、とても大きな役割を果たしています。
クリエイティブで居続ける事がクリエイターの本分なら、どんなに極端な設定であっても「間違った設定」なんてものは本来あり得ません。あるのは、「適当な設定」と「決断に基づいた設定」だけです。自分が何をしているのかをしっかり知る為にも、白地図的な情報を念頭に置く事は有益です。
1.最速設定
音のダイナミクスを削り、音源をラウドにする事を念頭に置いたアプローチです。
リリースはまず最速に設定しますが、スレッショルドの低さ(ゲインリダクション量)によっては、低音がいびつに割れ、音が破綻します。
デジタル・コンプレッサーの場合は、設定可能な最速リリース・タイムがすごく速いので、こういう現象が特に起こりやすく、注意が必要です。「今、割れたな」と思ったら、リリース・タイムを少しずつ長くして行きましょう。「ホールド(HOLD)」がある場合は、リリース・タイムはそのままで、そっちを利用する手もあります。
一方、アタック・タイムの場合も同じく最速値からスタートしますが、音の立ち上がりが不自然に感じる場合は、妥協できると思えるギリギリのポイントまで、アタックを遅くしましょう。
ちなみに、アタックを遅くするという事は、その分、音の立ち上がり部分で取りこぼしたピークが発生するという事なので、その後、必要に応じてリミッター(ブリックウォール系など)でクリッピングするなどの手段を取ります。
当然やればやるほど音圧(ラウドネス)は上がりますが、その分音の強弱(ダイナミクス)は損なわれ、低音を中心にディストーションのリスクも背負う事になります。
スレッショルドの高さと相談しながら、必要な時に必要な分だけ使うと良いでしょう。
2.自然な設定
自然な音というのは、人間の耳を基準にした表現です。たとえば、「ちょっと遠い歌声」を「目の前の歌声」に近づけたり、音量差があって聴き取りづらいナレーションを、つぶの揃ったハキハキした音に揃えたい時などに使います。
結果的に音圧が上がる事はありますが、能動的にピークを潰して、ラウドな音に仕上げる事が目的ではない点に注意してください。よく誤解されやすい点ですが、「大きな音圧=聞きやすい音」ではありません。音圧稼ぎの結果、不自然に音がつぶれて歌詞が聴き取りずらい事もあります。適度な音量差を保持したまま、なるべく自然環境の音を聴き取る時に近い状況を作り出す事が目的です。
設定としては、アタック・リリースを共に大体12時くらいか、デジタル・コンプレッサーであれば、デフォルト状態からスタートすれば、大きく外す事はありません。
たとえば、ProToolsのストック・コンプレッサーのDyn3は、アタック=10ms、リリース=80msがデフォルトです。
いつも引き合いに出しますが、もの凄く「速い」とされているアナログ・コンプレッサーの1176は、アタック値が0.02ms~0.8msで、リリース値は50ms~1100msです。アニバーサリー・エディションの1176AEという比較的最近のモデルでは、アタックで「Slo」という設定もできる様になっていますが、その値は10msで固定です。
10msといっても、実際はそんなに「Slo(スロー)」なわけでは無いと思うんですが、1176はかなり速いタイム・コンスタントをほこる機材なので、それを念頭に置くと、ある意味1176の「Slo」を「普通」の目安として考える事もできるんじゃないかなと思います。
数値の受け取り方はもちろん人にもよると思いますが、アタック5ms~20ms、リリース50ms~150msくらいであれば、ギリギリ「普通」の半ちゅうであると言えるのではないでしょうか。
3.遅い設定
全体の音のつぶを僅かに揃えたいけど、限りなくコンプの痕跡を残したくないという時には、このアプローチを取ります。アタック、リリースを最長の箇所からスタートし、一番透明に思えるセッティングになるまで、少しずつ設定をしぼっていきます。
こうする事で、音源のピークは緩やかに時間をかけてコンプレッションされ、スレッショルドを下回った後も、ゲイン・リダクションはゆるゆると続き、長い時間をかけてコンプレッションが0の状態にまで戻ります。
ソフト・ニーや、低いレシオと合わせる事で、より一層とコンプのかかりがゆるやかになり、ゲイン・リダクションの量次第では、ほとんどコンプの影響を聴き取る事が出来ません。
これは、どちらかというとトランジエントがたくさんある打楽器などよりも、弦楽器の様なもともと滑らかな性質をもった音などには、非常に有用なアプローチです。
4.組み合わせ
現代音楽はラウドです。でも、言い換えれば、ある種の「ラウドさ」が現代音楽「らしさ」を生み出しているのも事実です。
その意味で、現代の音楽エンジニアやプロデユーサーにとって音圧の追求と音作りを完全に分けて考える事はナンセンスで、いまや「音圧稼ぎ」という行為を積極的に「音作り」に活かしていく事も、一つのアプローチだと言えます。
例えば、「スネアのピークは2~3dB潰したいけど、残響音はなるべく放っておきたい」という様な処理は、音としては「自然な」状態から遠ざかりますが、「現代的な音」としては、別に変ではありません。そういう処理であれば、アタック最速でリリースはやや早め、という様な設定が考えられます。
たとえば、下の様な波形を見てみましょう。
ProToolsのストック・コンプレッサーのDyn3であれば、アタックは最速値の0.01msに設定して、KNEEはマックスの30dB、レシオは2以下、リリース10ms~30msという感じにすれば、遠からずそういう結果になると考えられます。
本当は、実際に耳で聴きながらやるので何とも言えませんが、0.01msというアタックに関しては、数値上では超速の1176の最速値よりも更に速い訳ですから、このレシオとKNEEの設定で、捕まえられないピークはほとんどありません。なので、アタックで問題が無ければ、あとはリリースの設定だけという事になります。
逆に、遅いアタック、早いリリースという事も考えられます。この場合は、たとえばスネアであれば、初期トランジエントを逃がして、アタックをシャープに保ちたい、であったり、ボーカルにも同様の処理を施したりすることがあります。
コンプレッサーは一見難しそうですが、基本さえ分かれば、現在地を確認しながらたくさんの実験をしていくことができます。使いこなせば、DAWのストック・プラグインだけで、驚くほどの処理が出来る事に気が付くでしょう。
ぜひ、いろいろと実験してみてください。