Glyn Johns(グリン・ジョンズ/グリン・ジョーンズ)
グリン・ジョンズは英国のプロデューサー/エンジニアで、音楽シーンにおいてこれまでに有り余るほどの功績を残してきた大人物です。ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、ザ・フー、ボブ・ディラン…とにかく、例を挙げればキリがありません。
グリン・ジョンズは、2017年現在、75歳になった今でも、現役で制作に携わっています。
インタビューや著書を読むと、柔軟性や朗らかな一面を持ちながらも、核となる自身の理想については一切の蹂躙を許さない、非常に「アーティスティック」な魅力にあふれる人物である事が伝わってきます。
そんな彼が編み出した数々のテクニックは、いまでも「レコーディングのいろは」として、現在活躍する若手名プロデューサーやエンジニアの中に息づいています。
ドラムのマイキング手法:「グリン・ジョンズ・テクニック」
では手法についての基本的な考え方を見ていきましょう。モダナイズされた派生スタイルは多数存在しますが、まず一旦はクラシカルな「基本」に注目します。
最初に、マイクのセットアップを確認しましょう。使うマイクは3本です。キック用に1本と、残りの2本をオーバーヘッド用に立てます。オーバーヘッドの内1本はスネアの上方、もう1本はフロアタム側の少し低い位置です。
余談として、これにスネア・マイクを足した計4本のやり方が随所でよく紹介されますが、まずグリン・ジョンズ本人や、息子さんのイーサン・ジョンズの受け答えに出てくる手法は、ほとんどの場合、計2、3本のマイクで完結しています。また後で少し話をしますが、そもそもグリン・ジョンズ自身が「クロース・マイキング(近接収録)」というテクニック自体に反対的な発言を多く残してますので、そういう観点からいっても、スネア・マイクをデフォルトとして「基本」セットアップに組み込む考え方は、いささか不自然であると言えます。
そして次に、もう少し面白い議論としてあるのが、オーバーヘッドマイクのスネアからの距離です。
クリアなスネアとステレオイメージを保つという観点から、「2本のオーバーヘッド・マイクは共にスネアから等距離に配置すべきだ」というのを、かなり神経質なまでに追求する向きがありますが、これは100%誤りとは行かないまでも、まったく必須事項ではありません。
実証結果を知る事自体は非常に有意義なのですが、実際にグリン・ジョンズの発言を辿ると、彼がこの「等距離」という点をそこまで重視していない事は、知っておくに値します。
というのも、彼のもっとも関心があるのは「その場で鳴っている音を聴こえたようにキャプチャーする」というシンプルな一点に尽きるからです。
とあるインタビューでは、彼は「マイクの配置は常識(Common sense)に従えば勝手に決まる」、という事すら述べています。
しかし、「常識」と言っても、具体的にどうすることを念頭に置いているのでしょうか?
耳に忠実に「マイクの位置」と「マイクの種類」を選ぶ
グリン・ジョンズのいう「常識」というのは、「常識的に耳に従い、常識的にマイクを選ぶ」という事を指しています。
たとえば、ミュージシャンの演奏を聴くとき、楽器から5、6cmの所で耳をそばだてる人はいません。彼は、楽器の発する音は、それなりの距離を旅してはじめて「自然な鳴り」へと「発達する」と考えているので、「近接マイク」の使用については、そういう「未発達で不自然な音」を狙う目的が無い限り、懐疑的な立場を示しています。「目的なしに楽器にマイクを近づけすぎない」という事は、このテクニックの実践において、ふまえるべき基本であると言えます。
また、音自体の性質も、部屋、ドラムセット、プレイヤー、フレーズなどという要素で大きく変わる事から、これらを無視して、プリセットの様にマイクの位置を固定した所で、他のレコーディングと同じ結果を期待する事はナンセンスだとも述べています。
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また、マイクの選定についてですが、マイクの特性や基本機能を良く知り、状況に応じた選定を下すべきだ、という主旨の発言も残しています。たとえば「シンバルの高域を抑えたければ、音の明るいペンシル・コンデンサーよりも、音の暗いリボン・マイクを使用すべきだ」という事が考えられます。
いずれにしても一朝一夕では実現不可能な奥行きのある話ですが、予算的に敷居の高いマイクの選定はともかく、「自分の耳に従ってマイクを立てる場所を探す」事は、センスさえあれば今日からでもはじめられます。
とにかく最初は難しく考えず、「カッコよく聴こえた音を、なるべくそのまま録るんだ」という本質だけを念頭に置いて話を進めましょう。
具体的なマイクの立て方
では、考え方を前置いた所で、いよいよ具体的なマイク設置の話に移りましょう。
マイク①:キック
一番決めやすいので、最初に取り掛かると良いでしょう。バスドラムの内側でも外側でも、好きな方で試してください。ただ、当然ですがバスドラムの中に入って音を聴く人はいないので、「基本方針に忠実に」という事であれば、外側から最低でも30cm以上離した場所にキック・マイクを立てるのが良いかもしれません。
応用としては、スネアからのカブリがどの程度ほしいのかという事などでも、設置の仕方やマイクの種類が変わってくると思います。場合によっては、スネアとキックの間にテントの様な形で毛布を挟み、キックの分離を良くするなどの工夫も、自然では無いけど面白いですよ。
マイクの種類も、選択肢がある様ならいろいろと試してみましょう。
マイク②:スネア上方のオーバーヘッドマイク
次は、スネア上のオーバーヘッドマイクです。
ドラムキット全体の収音はもちろんですが、このマイクの特に大切なミッションは、スネアを中核にしっかりと捉えることです。
目安としては、座っているドラマーの胸部ほどの高さから、大体床上2メートルくらいまでの間で、一番スネアがカッコ良く聴こえるポイントに設置しましょう。もちろん、この範囲内でなくても一向に構いませんが、全体のバランスを取りながらスネアの音が満足に仕上がっているかどうかに注意を払いましょう。
ちなみに、各マイクのベスポジ探しを行う上で、先ほどの「歩き回って自分の耳を使う」作業を忘れないでください。椅子の上に立ったり、しゃがんだりして、マイクを配置しようとしている箇所に実際に自分の頭をやって、生の音に耳を傾けてみましょう。モノラルマイクを立てるので、ストイックにやるなら、片耳を塞いで聴いてみるのも有効です。
壁の反射や音の分散など、すべての小さなニュアンスに気を払います。集中すれば、場所によって驚くほど違いがある事に気が付くはずです。これは、コントロール・ルームでマイク(とプリアンプなど)を通過した音を確認するよりも、はるかに重要な工程です。
マイクの種類は、最初は何でもいいです。高価なコンデンサーである必要はありません。別にSM57でもRODEでも構いませんので、手当たり次第に何でも試してみましょう。事実、息子さんのイーサン・ジョンズは「3本ともSM57でもいい音が録れる」と自ら発言しています。結果、音がカッコ良ければ何でもいいのです。
余談ですが、「マイクの本質的な役割のひとつはイコライザーだ」という考え方があります。これを念頭に置けば、視野が開けていろいろアグレッシブに試す気になりますよ。
マイク③:フロアタム側のオーバーヘッド・マイク
最後はフロア・タム側のオーバーヘッド・マイクです。雑ですが、図を用意したので、参考にしてください。
マイク・ケーブルなどで実際に弧を描きながら、「Overhead Mic①からスネアの距離」=「Overhead Mic②からスネアの距離」となる様に、Overhead Mic②の大体の位置を決めましょう。
基本的には、やや低めの位置に設置します。高さはフロア・タムより低くても構いませんが、これもしっかり耳を使って決めましょう。個人的な経験だと、大体ライドとフロア・タムの間くらいの高さに落ち着く場合が多いです。
そして、先ほども申し上げた通り、「オーバーヘッド①とオーバーヘッド②がスネアからそれぞれ等距離」という事にこだわる必要は全くありません。でも、最初に試すには良いスタート地点だと思いますので、「ああ、こういう音になるのか」という感覚を掴むために試してみる価値はあると思います。
基本的なテクニックは以上です。
応用の一例
ここまで見てきた「グリン・ジョンズ・テクニック」は、未だにファンが多い技法ではありますが、必ずしも完璧ではありません。
特に、現代のハイファイなレコーディング事情を考えれば、位相問題や、ステレオイメージなど、注意すべき点が多々あります。
ただ、やってみるのとみないのとでは全く違うし、やればやったで、新しいアイデアも生まれてくるものです。例えば、アタックを増やす為にスネアやフロアタム・マイクを足してみたり、音像を引き締める目的であえてオーバーヘッド・マイクを一本に減らしてみたりなど、とにかく可能性は無限大です。また、似たようなマイキングでも、部屋によってまったく違った結果になります。広い部屋、狭い部屋、天井の高い場所、硬質な壁の部屋など、機会があればいろいろと試してみてください。
応用が成功すれば、近代的でありながら、どこかビンテージな香りのする素晴らしいドラムが録れますし、もしくは流行を完全無視して、マイク3本で勝負する正真正銘のビンテージ・サウンドに振り切るのも粋な選択だと思います笑
ぜひ実験を繰り返して、音楽の可能性を広げてください。