「ディスクリート」「クラスA」って何?

プリアンプなど機材の説明文で、「Class-Aディスクリート回路」などという表現を見かけますが、どういうことを意味しているのでしょうか?初心者の方にもやさしい解説記事を用意しました◎

音の良さに対する評価基準ではない

「ディスクリート」や「クラスA」は音の良さを直接示す指標ではありません。まずは、ここから確認したいと思います。

たとえば、「クラスA」は、ある回路の構造を他の構造(「クラスB」「クラスAB」「クラスG/H」「クラスD」など)から呼び分ける為の区分けに過ぎません。決してどこかの権威や団体が音の良さを記号化して「Aの称号にふさわしい機材」などという、香ばしい認定を出しているわけではないので、誤解がない様にしましょう。「100台に一つのS級機材」とか、そういう感じでは特に無いです。

まあそうした「ビジネスモデル(笑)」の追求に余念の無い方々が肥大なさってるのが昨今なので、仮に同様のやんごとない認定機関があったとしても特に驚きませんけどね。

でも、とにかくクラスAやディスクリートという表現に関しては、本来的には一応そういう主旨では無いという事は留意しておきましょう。

以下、それぞれについて、もう少し詳しく見ていきます。

設計者インタビュー:SSL – クリス・ジェンキンス氏

ディスクリート

ディスクリートとは、回路において、ひとつひとつ異なる部品が使われている、という事を指しています。

なぜそんな当たり前らしい事をわざわざ表明するのかと言うと、集積回路(IC)の存在が対比として念頭にあるからです。

集積回路(IC)は、その名の通り、複数の部品がひとつの回路基板の上に一体化した形で埋め込まれた集合体の事を言います。具体的には、チップと呼ばれているものがこれに当たり、小型で省エネで大量生産に向いていますが、その分集積回路の中に含まれている何かが音的に気に食わなかったとしても、回路の一部として一体化しているので、それだけを抜き出して変える事はできません。

そんなわけなので、その特性をやや強引に短所っぽく言えば、「ICはカスタマイズ性がない」ということになるのです。

IC型のオペアンプ
IC型のオペアンプ。非常に小型で、安価。この製品に関しては、1ドルしない。

商品説明としての「ディスクリート」の意味合い

一方、ディスクリート回路は、集積回路(IC)が発明される以前の古い技術ですが、ICに対するメリットとされている点として、「回路を構成する部品をひとつひとつ設計者が吟味できる」という事があります。

つまり、現代においてわざわざディスクリート回路の採用を前面に押し出しているという事は、「ひとつひとつの部品を吟味して選んでいるので、大量生産型のICを使っている製品とは品質が違いますよ」という風なアピール文に読み替えても、ほぼ差し支えないということが言えるわけです。

構造的に「ディスクリート=高品質」なのか?

では、肝心な点として、構造的に「ディスクリートだから音が良い」という事や、逆に「ICという時点でディスクリートより音が悪い」という事があるかと言うと、全くそうとは限りません。

まず、前者については、集積回路(IC)が発明される以前、低品質なトランジスタなどの部品を使ったチープなラジオやカセットテープは、大体「クラスAディスクリート回路」でした。当時はそうするのが一番安く、大量生産できたからです。

そして、後者についても、集積回路という手法だからこそ成立する極小部品の組み合わせや熱処理の技術が存在し、ディスクリートで同じアプローチを取ろうとすると物理的に不可能な回路も多々存在する様です。

ただ、その場合はもちろんカスタムICの開発が必要になる為、そうなると、ICの利点の一つである「安価」というポイントが弱まる事になりますので、結果的に「大量生産品=IC=低品質」というイメージが定着したのでしょう。

しかし、ディスクリート回路が技術的にはすでに過去の産物であるのに対し、集積回路は現在も発展中の技術です。この点については、特に留意する必要があると思います。

アンプのクラスについて

アンプの役割は、小さな信号を電気的に増幅する事ですが、それを達成する為の方法が何通りかあり、それぞれクラスAであったり、クラスBとかいう風に表現されてます。ちなみに、回路上で信号を増幅する装置の事をオペアンプ(op amp)といいます。

話を簡単にしたいので、一番わかりやすい部分にのみ着目して説明します。

まず下のサイン波の図を見てください。

サインウェーブ
サイン波。A~Eは波形がx軸と交わる「ゼロポイント」を示す。

波形がy軸をプラス方向とマイナス方向に行ったり来たりしながら音を形作っている事がわかります。

クラスBのオペアンプは、この波形を伝達するのに2基のドライバーを使います。少し語弊がありますが、「ドライバー」というのは波形を駆動させる動力源みたいなもので、トランジスタであったり、真空管であったりします。

つまりクラスB設計のオペアンプでは「A→B、C→D」のプラスの部分を担当するトランジスタ1と、「B→C、D→E」のマイナス部分を担当するトランジスタ2が、互いにスイッチングしながら作業分担を行っているわけです。

しかし、この構造には問題があって、トランジスタ1と2がどれだけ精巧でも、ゼロポイントにおける電気的なスイッチの切り替え時に、僅かな時間差が発生してしまいます。このラグによって発生するノイズにはクロスオーバー・ディストーションという名前が付いており、クラスB設計のオペアンプの短所となっているわけです。要するに、クラスBはノイズが出やすい設計という事です。

一方、クラスA設計には、この短所がありません。なぜなら、プラスとマイナスの両方を1基のドライバーで担当する為、そもそもドライバーのオン・オフ切り替えが無いのです。厳密には、ドライバーを1基以上使うクラスAオペアンプもありますが、ドライバーが1基しかなくても作動するのは、クラスA設計だけです。

オペアンプの効率性

では、クラスBの利点は何なのか?と言うと、それはクラスAよりも圧倒的に高い効率性にあります。言い換えれば、省エネという事です。

クラスAはドライバーが1基でずっと頑張り続ける為、ノイズには強くなりやすいですが、反面、非常に効率が悪く、電力をたくさん使い、熱をたくさん発します。クラスAのそうした短所を補う為に、クラスBはクラスAの後から発明されましたが、今度は上記の様にクロスオーバー・ディストーションという別の問題を抱えてしまったわけです。そこで、さらにクラスABという回路が登場します。

クラスABというのは、基本的にはクラスBですが、改良が施されていて、クラスBのドライバー1と2の切り替えにおけるタイムラグを見越し、信号のバトンタッチがゼロポイント以外の箇所で起こる様、余裕をもたせた設計になっています。こうする事で、理論的にはクロスオーバー・ディストーションを限りなく減らし、効率性もクラスBに限りなく近づける事ができる様になりました。

ちなみに、クラスG/Hは、クラスABの効率性を更に向上させた回路で、クラスDも基本的にはクラスBですが、信号を一旦スクエア波(短形波)にまで飽和させてからローパス・フィルターで調整するというアプローチを採用した、また少し別の設計です。

どれかの設計がどれかに劣っているという事はなく、それぞれ長所と短所を持っている事が、少なからず想像してもらえたかと思います。

クラスAディスクリート回路とは結局何なのか

クラスA回路という表記があれば、電気的な無駄が多く効率の悪い機材だけど、一応歪みのない信号の限界を突き詰めるには適した構造になっているんだな、と理解する事ができます。加えてディスクリートなら、その為のパーツも一応個別に選定されているのだろう、という予想が立つわけです。

しかし、重ねて言いますが、結果的に本当に音が良いかどうかは別の話です。オーガニック食材を取り寄せているレストランが美味しいとは限りません。それと似ています。

「クラスAディスクリートだからこのプリアンプを買った!」という人はあまり居ないと思いますが、多少意味を知っていると、機材の説明文や宣伝文句の受け取り方も、また少し変わってくると思います。

機材の世界はよく分からないカタカナ単語がたくさん出てきますが、「何となくすげえ気がするけど、よくは分からねえ」という事が多ければ、思い切ってリサーチしてみると良いかもしれません。

持っている機材に対する理解が深まったり、他の謎だった事が間接的に理解出来たり、思わぬ収穫に繋がるかもしれませんよ。