フリーズ、コミット、コンソリデートで音質は劣化するか

「フリーズすると音質が劣化するってホント?」都市伝説もいい所ですが、初心者にとっては深刻な鬼門であるのも確かな様です。時間を無駄にしないためにも、そろそろ一発解決しておきましょう。

各種DAWのフリーズ機能や、ProToolsであればコミット、コンソリデートなど、「オーディオの書き換え」が主題となる機能に関して、よく議論になることがあります。

「実は、音質が変わっている(劣化している)のではないか。」

いまどき、検索一発でピシャリと真実が書いてあればいいのですが、「変わる時もあるし、変わらない時もある」、「なるべくならフリーズしない方が良い」、「他人に訊く前に自分の耳で判断しなさい」と、はっきり言って碌な情報がありません。

果ては、オーディオ雑誌、プロエンジニアの名の下で「それ、本気で言ってるの?」という様な内容が、ありとあらゆる分野で未だに氾濫している様です。

よもや初心者をわざと混乱させようとしている風にすら見えるくらいで、むしろ、案外それがそうした人間たちの目的なのかもしれません。

「言ったもん勝ち」の独壇場

「情報の正しさ」を判断できない相手につけ込み、都合よく「価値の基準」を作り変えてしまう事は、さまざまな分野で行われています。

メリットは、一部の人間が無価値にのさばっていくこと以外、ありません。

それらは大体、取るに足らない様な小さな事から始まり、気が付いた時には、何が良いのか悪いのか、自分でも分からなくなっているものです。

幸い、今回のフリーズの件は「情報の正しさ」を判断する術さえ知っていれば、すぐにデタラメだと分かるゴミみたいな話です。

今から音楽作りの世界に踏み込もうとされる方は、なるべくこうした低俗な議論に後ろ髪を引かれぬ様、広い視野で賢く情報収集する様にして下さい。

「Phase Cancellation(フェーズ・キャンセル)」現象

私たちが「音」と認識しているものは、すべて波形で表すことができます。

フリーズ=音質劣化の検証資料
音の波形。ProToolsのクリップを拡大したもの。

これが、音の波形です。縦が音量、横が時間軸を表しています。

「フェーズ(位相)」という言葉の意味のひとつは、同じ波形が異なる位置関係にある時の、音量・時間軸における「差」の事をいいます。

イン・フェーズ

DAW上に2つのオーディオトラックを作り、まったく同じ波形のオーディオ・クリップを、それぞれのトラックに同じタイミングで配置したと想像してください。オーディオは、録音した素材でも、CDからリッピングしたファイルでも、何でも構いません。要件は「まったく同じコピーである」というだけです。

再生ボタンを押すと、どうなるでしょうか?

イン・フェーズ状態のオーディオファイル
同じオーディオファイルを2つのトラックにコピーした状態。

答えは、「音量が大きくなる」です。2つの同じ波形が完全に同じタイミングで重なると、波形の強さが2倍になるのです。

この様に、2つの同じ波形が、タイミング的に完全にシンクロしている状態を「In phase(イン・フェーズ)」と表現し、逆に、タイミングがズレている状態を「Out of phase(アウト・オブ・フェーズ)」といいます。

同じ波形を「アウト・オブ・フェーズ」の状態で再生しても、音量が上がった様には感じません。素人でも「なんとなくズレていて気持ち悪い」という違和感に気付くほど、聴いてすぐに分かります。

波形の反転

では次に、まったく同じ波形を2つ用意して、今度は、片方の波形を反転させます。

この状態でトラックを再生します。タイミングは完全に一致した状態です。一体どうなるでしょうか?

アウト・オブ・フェーズ状態のオーディオ・ファイル
同じ波形を2つ用意し、片方の波形を反転させた状態。

再生ボタンを押して、カーソルが動いているのに、音が聴こえてきません。

一瞬、何かがおかしくなったのか?と思うのですが、実は、これが実験の結果なのです。

まったく同じ波形の片方を反転させて再生すると、波形が互いを100%相殺し合い、完全な「無音」になるのです。

この事を、「フェーズ・キャンセレーション」といいます。

音質の実証実験への応用

フェーズ・キャンセレーションの実験で分かった事は、「もし2つのオーディオが【同じ】であれば、片方を反転させた状態で同時に再生すれば、無音になる」という事です。

つまり、フリーズやコミットによって「音質が劣化する」なら、元のオーディオとフリーズ後のオーディオは「同じでない」という事が言えるわけですから、フェーズ・キャンセレーションの実験をしても無音にはならないという事になります。

wavファイルとmp3ファイルがフェーズ・キャンセルするか実験

「フェーズ・キャンセルでは表面化しない音質変化も、人間の耳は感じ取れるのでは」という意見があるかもしれないので、まずmp3とWAVの音質の違いが、ちゃんとフェーズ・キャンセルに反映されるかどうか、実験してみました。

実験内容は、市販のCDからリッピングしたファイルを「WAV 16bit/44.1kHz」、「WAV16bit/48kHz」、「mp3 44.1kHz/128kbps」、「mp3 44.1kHz/112kbps」で書き出してから、ProToolsでそれぞれキャンセルするかどうかというものです。

結果は、下の表の通りです。

WAV 16bit/48kHz WAV 16bit/44.1kHz mp3 44.1kHz/128kbps mp3 44.1kHz/112kbps
WAV 16bit/48kHz
WAV 16bit/44.1kHz
mp3 44.1kHz/128kbps
mp3 44.1kHz/112kbps

*〇=フェーズキャンセルした ✖=フェーズキャンセルせず

この結果から、少なくとも、WAVファイルの 「48kHz vs 44.1kHz」 や、mp3ファイルの「128kbps vs 112kbps」程度の微妙な違いであっても、フェーズ・キャンセル実験は明らかにしてくれる事が分かりました。

フリーズなどの処理で、もし音質劣化がおこっていれば、実験結果に表れるはずです。

という訳で、実験してみました。

フリーズ、コミット、コンソリデートなどは音質劣化するのか

結果は大方の予想通り、どの処理も100%フェーズ・キャンセル「する」でした。

フリーズ前とフリーズ後のオーディオデータ、コミット前とコミット後のオーディオデータ、コンソリデート後とその前のデータ。

全部、ちゃんと無音になりました。

ついでだったので、他の都市伝説も検証してみました。

オーディオ・ファイルを手持ちのUSBストレージに移したもの、自分のメアド宛にオーディオ・ファイルを添付したもの、ファイル・アップローダーを経由したもの、SSD、HDDに保存しなおしたものetc。

全部、きれいにお互いにフェーズ・キャンセレーションしました。

この事から、フリーズして音質劣化は「しない」という事が、実証できたと思います。

どうでもいいよそんなこと!それより「音楽」作ろうぜ!!

こういう事を紹介した手前ですが、僕自身は、普段作業にあたって必要以上にテクニカルな側面を意識したりはしません。知らないことがあると困るので勉強は常にしますが、「何のための勉強なのか」という本質を見失わないように、いつも心がけています。

個人的には、DAW間の音質差なんか知ったことではないし、ケーブルや電源ボックスで音作りする位なら、マイクの位置を変えたり、EQをひねります。

そもそも、こんなオタッキーな記事を改めて書こうと思った理由は、最近「フリーズってなるべくしない方がいいんですよね」という切実な相談を、若い子から受けたからです。そういう話を何かで読んで、「パソコンをもっとパワフルなものに買い替えた方がいいのかどうか」という話でしたが、まるで、ずっと前の自分を見ている様でした。

まずは、フリーズもコミットも、バンバンしてください。それでもパソコンが遅い様であれば、やりたい事に応じて、買い替えも視野に入れるといいでしょう。

でも一番大事なのは、それがどんな情報筋であれ、身も蓋も根拠もない適当なクソ話を、鵜呑みにしたりしない事です。

だって、いつも思うけど、気付かないくらいの音質変化が仮にあったとして、それがなんだっていうんです?ミックスした後ダメだと思えば、やり直せばいいじゃないですか。経営会議の資料でも作ってるんですか?

それが今、一番伝わってほしい事です。