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なぜボーカル・エフェクトが必要かを掘り下げましょう
なんでもそうですが、特に確信もなく、何となくある処理をした所で、よい結果が生まれる事は滅多にありません。
ハウツー本的な意味での「リバーブとディレイの違い」を知らない人はいないと思いますが、よく言われる様に、ディレイは「繰り返し」、リバーブは「空間の広がり」という表現で簡単に区別できるほど、実はディレイとリバーブの違いは明確ではありません。
中にはディレイとリバーブ両方の機能を備えており、どちらのカテゴリに分けるべきか悩ましい機種やプラグインも多数存在します。
では、なぜそんなどっちつかずのややこしい機材が存在し、しかも愛されているのか?と言うと、それは非常に絶妙なバランスで成り立っているそのような「エフェクトの塩梅」にこそ、アーティスティックと呼ぶに相応しい「音楽的な個性」が宿っているからです。
「ミックスでのリバーブは嫌いなので、ディレイしか使いません」みたいな事を、さもアーティスト風を吹かせながら発言するプロもいる様ですが、そういうのは単に知識が足らないだけで、こだわりとか好みとは言いません。表面的な選り好みがあるとしたら、まずそのせいで、クリエイティブな多くの可能性を取りこぼしているかもしれない事に、早く気付くべきです。
より大切なのは、「リバーブのどういう所が嫌いなのか?ディレイのどういうところが好きなのか?」という風に、自分のセンスを掘り下げていくことです。そうすれば、実はそれぞれの要素が必ずしもリバーブやディレイに由来する固有的なもので無い事が明らかになるでしょう。
この記事では、「ディレイはこうだ、リバーブはこうだ」という様なナンセンスな議論はしません。
「何をしたいのか、必要なのはどういうエフェクトなのか」という目的を掘り下げる術と、それを実現するために必要なツールの選び方や、アプローチに対する考え方を紹介していきます。
1:奥行へのアプローチ
空間のエミュレート
礼拝堂で録音された様な、壮大な音像を想像してください。
仮にそうした音を作ろうとした時、リバーブ・プリセットに「Church(教会)」などという選択肢があれば、つい手を伸ばしてしまうのはよくある事です。プリセットはよく考えられているので、確かに単体で聴くと、あたかも教会内で収録された風の音になるわけですが、いざオケと合わせた途端、何となくミックス全体がモコモコするだけになったり、ボーカルに悪い意味でカスミがかかったような不明瞭さの原因となる事があります。
特に多くの音が忙しく混在するプロダクションではこうした結果になりがちで、音の隙間を縫ってリバーブ・エフェクトをスッキリ目立たせる事は、それなりに工夫が必要な課題でもあります。
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人が「空間の広さ」を認識する仕組み
空間を広げようとしてリバーブのパラメーターを見ていると、直感的に「Room Size」や「Reverb Time」を伸ばそうかなという誘惑にかられます。
一方、空間の広さを判断する時、人の耳がもっとも敏感に反応する要素は、「初期反射音」です。
リバーブの質感や長さは、確かに空間表現を突き詰めていく上で非常に大切ですが、焦点を「空間の広さ」に限定すれば、実はそれ程重要ではありません。
通常、リバーブには「プリディレイ」というパラメーターがありますが、この部分の設定によって「初期反射音」、つまり、リバーブの「ディレイ」を制御する事ができます。
今、WavesのRenaissance Verbが手元にあるので、試しにプリディレイを最大値、他のパラメーターをすべてゼロ、もしくはオフに近い設定にした状態で音を聴いてみます。
R-verbについていえば、プリディレイの最大値は「160.0」。単位はmsです。
個人的な感覚ですが、一般に「スラップ・ディレイ」と表現されるのは、大体70ms~120ms、130ms位のディレイだと思っています。
160msはそれよりも遅い数値ですが、聴く人によっては、ほとんどスラップ・ディレイの範疇と言ってもいい位の響きかもしれません。
ではこの状態で、他のパラメーター、例えば、「Reverb Time」や「Size」「Diffusion」「Decay」などを調整していきましょう。プリディレイも最大値にする効果が分かった所で、適正と思われる値まで落としています。
ちなみに、この例では話を簡潔にする為にセンドAUXは使用せず、R-Verbを直接ボーカルトラックに挿入しました。効果を分かりやすくする為、Wet/Dry(Mix)は50%まで落とし、原音とエフェクト音がちょうど半分ずつの配分になる様なパラレル処理を再現しています。
結果は、ほとんどディレイと言っても良い様なエフェクトですが、リバーブ的な空間演出要素も確かに聴き取ることができます。
こうする事で、空間の広さはしっかり表現しつつも、オケの中でモコモコと邪魔になるような残響音は極力抑えることができるのです。
ドライとウェット・シグナルを個別に処理する
リバーブやディレイの設定を突き詰める事で、空間の奥行としては理想に近づいたものの、更にもう一歩エフェクト音に手を加えたいという事もあります。
その為には、前段階として原音をドライ・シグナルとウェット・シグナルに分割し、それぞれ個別の処理ができる環境を整えなければなりません。
Pro Toolsでは「バス」という概念がありますので、新しいAUXトラックを作成したら、そのインプットに特定のバスを設定します。
後は、ドライ・シグナルである任意のトラックのセンド欄でその特定のバスを挿入すれば、ドライ・シグナルとAUXトラックのウェット・シグナルに対して、個別の処理をする事ができます。
ここからは、エフェクト音にEQをかけるポピュラーな手法を紹介して行きます。
EQの扱い方①:エフェクト音を目立たせずに、自然な空間を表現する
例えば、「自然な奥行きは欲しいけど、エフェクト音自体はなるべく目立たせたくない」という課題があったとします。
これにEQを使って対処するとしたら、どんなアプローチが考えられるでしょうか。
まず、リバーブなりディレイなりのエフェクト音で野暮ったい感じがするのは、ボーカルなら大体1kHzあたりを中心とした部分のコテコテ感で、これはこの辺りにおいてリバーブを通る前の原音の情報量が集中している事に起因しています。また、概ね4kHz~の中高音域で、やたらとキラキラ、シャンシャンする部分が耳につく事も多いです。
一方で、エフェクター自体に音はありません。奇妙な表現ですが、エフェクターというものはその中を音が通過して初めて、元音に特定の効果を足す機材です。それならば、EQをエフェクターの前に配置して、エフェクト音のソースとなる原音を直接処理した方が、すでにエフェクトの掛かった音を後から処理するより合理的だという事になります。
よって、例えばアイデアとしては、下に示した様なEQ処理を
「EQ(カット)→リバーブ(Wet/100%)」
という順番でAUXトラックに挿入する事も、有効打の一つだと言える訳です。
サージカルEQの裏技:「EQ3 7Band」で特定の周波数帯をソロにする方法
EQの扱い方②:高域をわずかに強調して、透明な空気感を演出する
「エフェクトは透明になって奥行きも実現できたけど、そこに空気感をすこしだけ強調したい」という事であれば、
「EQ(カット)→リバーブ(Wet/100%)→EQ(高域ブースト)」
という具合に、好みに応じて好きな箇所をいろいろとブーストしてみると良いでしょう。
「リバーブ(Wet/100%)→EQ(カット)→EQ(高域ブースト)」という手順を踏んだ場合とは、まったく異なる結果になる点に注目してください。
また、この様に2ヵ所でEQを使うのであれば、それぞれの箇所でEQの種類を変えてみるのも、小技的な一つのアイデアです。
例えば、1kHzや高域のロールオフには精密なデジタルEQを使い、後のブーストにはアナログ系のプラグインを活用してみる、というのも面白いアプローチだと思います。
2:ソングライティングへの空間の活用
“A great mixer makes a great producer(良きミキシングエンジニアは良きプロデューサーだ)”とよく言われる様に、「音」そのものの作りが楽曲全体の品質に与える影響は計り知れません。
その意味で、音という観点からリスナーがハッとする瞬間を楽曲に込める事が出来れば、作業としてはミキシングでも、それはソングライティングの一部だと言えるでしょう。
積極的な空間のコントロールが、楽曲にどんなアクセントとなるのかを見てみましょう。
下準備:AUXトラックの用意
ミュージャンのパフォーマンスが歌唱や楽器演奏であるなら、ミキシングエンジニアのパフォーマンスはフェーダーライドであるという意見があります。
物理的なフェーダーが無いDAWではオートメーションの書き込みという事になりますが、AUXセンドをクリエイティブに扱う事で、楽曲の表情に彩り豊かな変化を添える事が可能になります。
具体的には、AUXセンド・トラックを複数用意して、それぞれに異なる目的を持ったエフェクトを挿入します。
例えば、ディレイ2種類、リバーブ2種類、計4本のAUXトラックを用意したなら、後はトラック側の任意のセンドフェーダーをライドするだけで、異なる4系統のエフェクトを飛び道具的に使用する事が出来る訳です。
フェーダーライド①:区画単位
曲中で何度か繰り返し登場するセクションがあるとしたら、その度に何かしら僅かな変化を演出する事で、楽曲の表情に起伏を生み出す事が出来ます。
ステレオイメージを広げるディレイのトリックは誰もが知っていると思いますが、それ以外にもたとえば、タイムの長いディレイと短いディレイをパンをずらして併用する事で、リバーブとは少し違った奥行を作り出すことができます。
ステレオイメージを広げるディレイのトリック
極僅かに異なるタイムを設定した2つのショートディレイを用意し、それぞれパンを左右に振る事で、ステレオイメージを広げられるという2000年初頭頃に流行った手法。実際のトラックを複製してからパンを振り、片方を数ミリ秒ズラすという、よく似たテクニックも知られている。
コツは、左右のディレイの質感の違いを極力大きくする事ですが、これはもともと70年代のドラムのミキシング手法をヒントにしたもので、左右に全く質の異なる音を配置する事で、立体的な空間を演出しようとするアプローチを応用したものです。
今回の例では、左右でディレイタイムの違いを200msほど設けましたが、その外にもフィードバックを変えたり、ディレイの前にEQを挟むなどの工夫をしてみるのも良いでしょう。注意点としては、ディレイの音量が同じである場合、基本的にはタイムの長い方が聴感上大きく聴こえますので、必要に応じて音量バランスを調整するようにしてください。
また、リバーブとショート・ディレイを組み合わせて、それぞれ左右にパンを振ると、奥行きが深くて浅い、不思議な空間を演出する事が出来ます。
片方がセンターでもう片方が左か右という事でも、更に面白い結果になります。
組み合わせは無限にあるので、全体のバランスを考えていろいろと実験してみるのも良いでしょう。
フェーダーライド②:歌詞単位
ポップスなどでよく使われる手法ですが、ある歌詞を強調したい時や、リスナーの注意を惹きたい時に、特定の言葉や瞬間だけにディレイやリバーブをかける事があります。
やり方は簡単で、任意の部分だけAUXトラックに突っ込む様なオートメーションを書き込めば良いだけです。
また、エフェクトとしてのアクセントを増したければ、lo-fiプラグインやEQを併用してテレフォンボイスやラジオボイス風の処理を施すのも手法としてはよく知られています。