「コンソール」のエミュレーション
現代音楽においては、「制作環境の進歩」と「音楽の進化」はほぼリンクしていると言っても過言ではないと思いますが、その意味において、SSLコンソールの登場が音楽シーンに与えた影響の規模は、ある種の革命と言えるほど甚大です。
SSLコンソール登場の歴史的意義については過去記事を参照していただくとして、ここでは、SSLコンソールの中でも最も普及したと言える「Eシリーズ」をエミュレートしたプラグイン、「SSL E Channel Strip」の使い方について、見ていきましょう。
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各部位の役割
「チャンネルストリップ」と言うのは、何チャンネルもあるコンソールの1チャンネル分だけを抜き出した様な機能を備えた機材の事です。
SSLコンソールEシリーズのチャンネルストリップのプラグイン版は、Universal AudioやWaves、また、本家のSSLからもリリースされています。
ここでは、普及率の高いと思われるUniversal Audio版を例にしながら、機能の説明を行っていきます。
フィルター
まず、左上部にローパス・フィルターとハイパス・フィルターがそれぞれ搭載されています。
SSLコンソ-ルEシリーズのEQは、「ブラック・ノブ」仕様と「ブラウン・ノブ」仕様があり、挙動や音の傾向に若干の違いがあります。
詳しくは後述しますが、Universal Audio版では、「SELECT」スイッチを使ってEQの仕様を任意で「ブラック・ノブ」と「ブラウン・ノブ」に切り替える事ができ、ローパスとハイパスにも、若干の変化が起こります。
ブラック・ノブEQ選択時 | |
---|---|
High Pass | Low Pass |
16Hz~350Hz 18dB/Oct | 22Hz~3kHz 12dB/Oct |
ブラウン・ノブEQ選択時 | |
---|---|
High Pass | Low Pass |
20Hz~350Hz 12dB/Oct | 16Hz~3kHz 12dB/Oct |
フィルターは、ノブが「OUT」に合っている時のみ、オフ状態となります。(フィルターセクションをバイパス)
「DYN SC」スイッチ
「SC」とは、サイドチェインの事です。
このボタンを押すと、フィルターを通過した音は出力されず、代わりにサイドチェーン・キーとしてコンプに入力され、フィルターを通過する前の元の信号をコンプします。
つまり、コンプはフィルターでカットされなかった部分だけにかかり、フィルターでカットされた部分はコンプレッションされずに、そのまま出力されるという事です。
このテクニックを応用すれば、フィルターとダイナミクスの組み合わせをディエッサーなどとして利用する事もできます。たとえば、ローパスを3kHzあたりに設定して、「DYN SC」をオンにします。すると、歯擦音が含まれる部分だけがコンプ処理され、ボーカルのボディとなる部分にはコンプの影響を与えることなく音を整える事ができます。
また、この時ローパスやハイパスが「オフ」になっていれば、「DYN SC」のスイッチのオン・オフは何ももたらしません。ただ通常の信号に設定した通りのコンプがかかるだけです。
ダイナミクス(COMPRESS+EXPAND)
「ダイナミクス」セクションは、コンプレッサー/リミッターとゲート/エキスパンダーの2つの独立した機能から成り立っています。
いずれの機能を使うにも、まず「DYN IN」ボタンをオンにしなければなりません。その上で、コンプレッサーを使うなら更に「CMP IN」を、ゲート/エキスパンダーを使うなら「EXP IN」をオンにする必要があります。
「DYN IN」ボタンの有用性としては、コンプレッサーとエキスパンダーを両方オンにした状態と、両方オフにした状態を、ボタン一つで素早く聴き比べられるという点です。
白いノブ3つがコンプレッサー/リミッター、緑のノブ3つがゲート/エキスパンダーのコントロール・ノブです。
「LINK」スイッチ
ステレオ・トラックでSSL Channel Stripを使っている時にこのスイッチをオンにすると、ダイナミクス・セクションが左右でまったく同じ挙動を示す様になります。
もし「LINK」がオンの時、たとえば右でコンプレッションやゲートが起これば、左にも同じ分量のコンプやゲート効果が起こりますが、これは左右において、ダイナミクス処理のバラツキを無くしたい場合に使う事ができます。
「LINK」を押すと、COMPRESSとEXPANDERセクションの両方に適応されます。どちらか片方だけ、ステレオリンクを外すという事はできません。
注意
たとえばProToolsの「マルチ・モノ・プラグイン」の様なステレオトラックの左右に、独立した2つのモノラル・プラグインを挿入している場合では、「LINK」ボタンは意味を成しませんので、注意しましょう。
メーター
ゲイン・リダクションを示すメーターが、「COMPRESS」と「EXPAND」用にそれぞれ用意されています。
左側のメーターがエキスパンダー/ゲート用で、右側のメーターがコンプ/リミッター用です。
COMPRESS/LIMITER
COMPRESS:レシオとスレッショルド
まず、「レシオ」では1~インフィニティまでの値を任意で設定する事ができます。
普通のコンプと同じように、「1」はコンプレッション比率「1:1」を指すので、スレッショルドを越えた信号に対して、まったくコンプレッションが起こりません。インフィニティは、スレッショルドを越えた信号が限りなくコンプレッションされるリミッター・モードを意味します。
「スレッショルド」では、コンプレッサーやリミッターが作動する「しきい値」の高さを設定できます。
値がプラス方向に高ければ高いほど信号が引っかかりにくくなり、値がマイナス方向に高ければ高いほど、信号が引っかかりやすくなります。
COMPRESS:アタック
アタックのスピードは「速い(3ms)・遅い(30ms)」の二つが用意されています。
「速い」を選ぶには、「F.ATK」と書かれた部分を押下して、LEDを赤く点灯した状態にします。LEDが消灯しているときは、「遅い」が選択されている状態です。
参考までに、1176のアタックタイムの公称値は、20μs(0.02ms)から、800μs(0.8ms)という事になっています。
COMPRESS:リリース
「.1(100ms)」から「4(4000ms)」までの間で、任意のリリース値を設定する事ができます。
参考までに、1176のリリースタイムの公称値は、50msから1100msという事になっています。
1176との比較
アタック・リリース値について、SSL Channel Stripと1176の公称値を比較すると、下図の様になります。
SSL Channel Strip | |
---|---|
Attack | 3ms OR 30ms |
Release | 100ms ~ 4000ms |
1176 | |
---|---|
Attack | 0.02ms ~ 0.8ms |
Release | 50ms ~ 1100ms |
※1ミリ秒の1/1000は「1マイクロ秒(μs)」といいますので、「0.02ms」は「20μs」と表す事もできます。
GATE/EXPANDER
関連記事:ゲートとエキスパンダーの使い方
EXPAND:「SELECT」スイッチ
SSL Channel Stripのゲート・エクスパンダーセクションには、3つのモード(EX、G1、G2)が搭載されていて、「SELECT」スイッチを押していくことで、切り替える事ができます。
EXモード(エキスパンダー)
EXを選択すると、レシオは1:2で固定となり、このセクションは「エクスパンダー」として機能します。
G1(ゲート1)、G2(ゲート2)
G1かG2を選択すると、このセクションは「ゲート」として機能します。Universal Audio版のマニュアルに記載はありませんが、レシオは共に大体1:40くらいに設定されているのではないかと思います。G1は初期の、G2は後期に生産された個体が持つ挙動を元にモデリングされている様です。
EXPAND:スレッショルド
エクスパンダーやゲートは、しきい値に満たない信号を、更に小さくする機能です。このノブは、ゲートやエクスパンダーの動作の基準となるしきい値を「ー30dB ~ +10dB」の間で設定することができます。
たとえば、ノイズをゲートしたい場合には、ノイズよりもギリギリ大きな値を設定すれば、その値よりも小さなノイズなどの信号は更に小さくなり、そのしきい値(スレッショルド)よりも大きな信号には、一切影響がおよびません。
EXPAND:レンジ
「ゲート処理された信号と、そのままの信号の音量差」の設定を、ここで行います。「0~40dB」の間で設定できますが、この差が大きいほど、ゲートやエキスパンダーの効き方が大きくなります。
コンプで1:1のレシオを選んだ時の様に、この値がゼロの時は、ゲート/エキスパンダーがオンになっていても、何も起こりません。
EXPAND:アタック
エキスパンダーとゲートのアタックタイムは、何もしなければ「オート」が適用されている状態ですが、「F.ATK」を点灯させると、1msに固定されます。
EXPAND:リリース
ゲート/エキスパンダーのリリースは、コンプと同じように「100ms(.1)から4000ms(4)」までの間で、任意の値を設定する事ができます。遅い値にすればするほど、信号の減衰が滑らかに起こる傾向があります。
EQ
SSL Channel Strip は4バンドEQを備えており、バンド毎に異なる配色で区別されています。
HF(High Frequency)とLF(Low Frequency)の2バンドにはそれぞれ「BELL」スイッチが備わっており、このスイッチがオフでは「シェルヴィング」、オンの状態では「ピーク」に切り替わる様、設計されています。
EQを使うためには、まず一番下の「EQ IN」スイッチをオンにする必要があります。
「DYN SC」スイッチ
「DYN SC」を点灯させると、EQセクションの信号がオーディオ・パスを通らず、ダイナミック・セクションにサイドチェイン信号として送られます。
これはフィルターの項目で触れたサイドチェイン機能と同じで、同じく、ディエッシングやハムノイズ処理などに活用する事ができます。
「PRE DYN」スイッチ
「PRE DYN」を点灯させると、回路上、EQがダイナミクス・セクションの前に配置されます。
つまり、「EQ→DYNAMICS」とするか、「DYNAMICS→EQ」とするかを、任意に切り替えられる様になっているのです。
通常状態では、「DYNAMICS→EQ」となっています。
EQタイプ「SELECT」スイッチ
先述の通り、EQセクションでは「ブラウン・ノブ」と「ブラック・ノブ」の2タイプが用意されており、切り替えは、EQセクションの中ほどに配置されている「SELECT」スイッチを押下する事によって行います。
「SELECT」スイッチを押すたびに、「BLK(ブラック)」と「BRW(ブラウン)」のLEDが点灯し、それと同時に、LF(Low Frequency)のノブの色が黒→茶と切り替わる仕様になっています。
茶は初期のSL4000Eに搭載されていたEQモデルで、黒はその後、茶の回路を元に改良されたモデルです。
HF(High Frequency)
周波数帯域は「1.5Hz~16kHz」で、通常はシェルヴィングEQとして機能しますが、「BELL」スイッチを押すと、「ピーク」に切り替わります。
黒と茶の違いは「ピークに切り替わった場合のQの幅」で、ブラック・ノブではQ=1.3、ブラウン・ノブではQ=0.8です。
HMF(High Middle Frequency)
周波数域帯は「600Hz~7kHz」で、Q幅は0.5~2.5です。ノブの目盛は「.5~3」となっていますが、実際の値は少し異なる様です。
この値は、ブラウン・ノブとブラック・ノブで共通しています。
LMF(Low Middle Frequency)
周波数帯域は「200Hz~2.5kHz」。それ以外は、HMFと同じです。Q幅も、ノブの目盛とは少し異なり、「0.5~2.5」となっています。
LF(Low Frequency)
周波数帯域は「30Hz~450kHz」という以外、HFと同じように、シェルヴィングとピークを「BELL」スイッチで切り替えられるなど、機能的には同じです。
ブラウン・ノブではピークのQ幅が1.3、ブラック・ノブでは0.8に切り替わります。
ブラック・ノブとブラウン・ノブの違い
数値上ではHFとLF以外において、ブラック・ノブとブラウン・ノブの違いはない様に見受けられますが、フィルター・セクションも含めたすべてのノブにおいて、黒と茶では微妙な挙動の違いがあります。
試して違いを聴いてみるのが一番ですが、ブラウン・ノブの方はQがなだらかである分、音質の微妙なコントロールをするのはブラック・ノブの方がやりやすい、という事はよく言われています。
GAIN
SSL Channel Strip では、「INPUT」と「OUTPUT」ノブが備わっていますので、プラグインの入口と出口で、それぞれボリュームをコントロールする事ができます。
これは、プラグイン内部や、DAW側でのクリッピングの防止などに役立ちます。