ミックスに対する取り組み方は千差万別ですので、10人いれば10通りのやり方がありますし、どれが正解という事もありません。
しかし、そんな中でも、トラックの色を見やすく整理したり、AUXトラックを何個も作成したり、その為のルーティングを設定したり名前を変えたりと言った類の、いわゆる「事務作業」に時間を割きたくてしようがない、という人は少数派でしょう。
一方で、綺麗に整った作業環境は、ミキサーの音楽的な判断力やフットワークを向上させ、結果的に仕事の完成度を高める事に直結します。これは世界の第一線で活躍する多くのエンジニアが口を揃えている点でもあり、ミックスにおける「ハウスキーピング(家事)」が重要である点は、もはや疑う余地はありません。
「いかに手間を掛けずに、管理の行き届いた作業環境を実現するか」という問題において、ProToolsは「セッション・テンプレート」というピッタリの解決策を用意してくれています。
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セッション・テンプレートとは?
ProToolsで新規プロジェクトを作ろうとする時のウィンドウ(ダッシュボード)で、「テンプレートから作成」という選択肢があります。
ミックスを専門にしている場合、プロダクションに関わる新規プロジェクトの作成画面は開くことも少なく、余り馴染みがないかもしれませんが、ProToolsには既にあらかじめ用意されたテンプレートがいくつかあって、音楽のジャンル毎に便利に使える様になっています。
たとえば、”Hip Hop”と書かれたテンプレートを選択すると、本来であれば空っぽの新規プロジェクトが、すでに何トラックか挿入された状態で立ち上がります。
バーチャル・インストゥルメントのドラム・マシンやmidiグルーヴがアサインされた”Drum”トラック、”Bass”トラックに、”Brass Hit”トラックの他、気の利いたリバーブやディレイのAUXトラック、また、クリック・トラックなどが、何もしなくてもすでに最初から用意された状態で、プロジェクトをスタートできるのです。
通常であれば、こうした各種トラックの作成やセンドの設定といった煩わしい事務作業を経なければ曲作りが始められ所を、テンプレートを利用すれば、この様にファイルが立ち上がった1秒後には、すぐに打ち込みを開始する事ができるメリットがある訳です。
セッション・テンプレートが保持できる情報
もちろん、あらかじめ用意されたセッション・テンプレートを律義にそのまま使う必要はありません。
セッション・テンプレートは既存の物を作り変える事も出来るし、一から自分で作る事もできます。何個でも好きなだけ保存ができるので、用途別に複数のテンプレートを用意する事も可能です。
テンプレートが保持できる情報は通常のプロジェクト・ファイルと同じで、各種トラックから、トラック内のプラグイン、オーディオ・データやmidiデータまで、任意に含める事ができます。
例えば、先ほどの”Hip Hop”テンプレートに関して、ヴァーチャル・インストゥルメントよりも、独自の生サンプルを直接オーディオ・トラックに貼り付けるやり方の方が好みだという事であれば、良く使う生のサンプルを幾つかオーディオ・トラックに並べた状態でテンプレートを上書き保存すれば、次回からは個別のサンプル・ファイルを、いちいちその都度ProToolsの外部からインポートしなくても済むという訳です。
Pro Tools セッション・テンプレートの作成方法
テンプレートを作るやり方は、プロジェクト・ファイルを作るのとほとんど変わりません。
まっさらな状態から作り始めたい場合は、まずProTools画面上部のツールバーから「ファイル→新規作成」を選び、ダッシュボードを開きます。
「テンプレートから作成」のチェックを外し、「作成」ボタンを押下すれば、何もない空っぽの状態のProToolsプロジェクトが開きます。
ここからオーディオ・トラックやAUXトラック、midiトラックなど好きなトラックを足していき、必要に応じてプラグインなどもアサインしたら、好きなタイミングで「ファイル→テンプレートとして保存」を選択します。すると「セッションのテンプレートを保存」というウィンドウが立ち上がります。
デフォルトでは「システムにテンプレートをインストール」のラジオボタンが選択されていますが、「テンプレートの場所を選択」にチェックを入れ直せば、ProToolsのシステムと関連付けずに、任意の場所にテンプレートを保存する事もできます。
ちなみに、ProToolsのプロジェクト・ファイルの拡張子が“.ptx”なのに対して、ProToolsのテンプレート・ファイルの拡張子は“.ptxt”です。細かくご丁寧な事に、見た目上のアイコンも、並べて比べてみると、一応違いが分かるようになっています。
同じフォルダに入れてもまず間違う事はありませんが、とは言え、念のために名前を分かりやすくしておくか、そもそもテンプレート専用のフォルダを用意するなどした方が、不要なトラブルを確実に回避できて安全だと思います。
最後に、テンプレートにオーディオ・データやmidiデータ、ビデオなどのメディアも含めたい時は、「メディアを含む」にチェックを入れるのを忘れない様にしましょう。その場合、テンプレートに含めたいメディア以外は、この段階であらかじめ削除しておかなければなりませんので、注意が必要です。
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ミックスにおけるテンプレートの活用法
プロジェクト・ファイルを立ち上げる段階で、テンプレートが役立つ事は説明しました。
では、ミックス段階において、テンプレートは一体どんな役に立ってくれるのでしょうか?
ミックス段階でテンプレートを活用するメリット
ミックス・エンジニアの仕事は当然ながら「曲をミックスする事」なので、既に誰かの手によって作られたProToolsのプロジェクト・ファイルを元に、作業をしていく事になると思います。
この様にプロジェクトの新規作成段階でなくても、ProToolsのテンプレートは既存のプロジェクト・ファイルの上にインポートする事も出来る為、その良さを十分活用する事ができます。
具体的には、例えばパラレル・コンプに使う各種AUXトラックや、エフェクト用のAUXトラック、各セクションをグループ毎で音量調整するためのVCAトラックなど、「自分の使い慣れたツール」を、他人のプロジェクト・ファイルの上に、簡単に追加で呼び込むことができるのです。
各種トラックの並べ替えや、カラー・コーディングといったテンプレートで解決できない作業は当然ありますが、それにしても、テンプレートの活用をする・しないとでは、作業時間に随分と時間の差が生まれますし、トラックを作り間違えるなどのミスを防ぐこともできます。
からそのやり方を見ていきましょう。
既存のプロジェクトの上にテンプレートをインポートする方法
画面上部のツールバーから「ファイル→インポート」を選択し、「セッションデータ」クリックすると、「セッションファイルを選択」というウィンドウが表示されます。ちなみに、この画面はWindowsなら「Alt+Shift+I」、マックなら「Shift+Option+I」というショートカット・キーでも開くことができます。
「セッションファイルを選択」画面では、テンプレートが保存された任意のフォルダを指定し、目的のテンプレートを開きます。
すると、続いて「セッションデータをインポート」という画面が自動で開きます。
ここで、突如としていろいろな項目が一挙に表示されるので、難しそうに感じてしまいますが、憂慮には及びません。
ほとんどの場合、用事があるのは画面中段の「トラック」と書かれた欄だけです。
「トラック」の欄に表示されているものの中から、今回のミックス作業に必要なインポートしたいトラックを選択します。
必要に応じて、「セッション データ」欄の中から「画面構成」位はチェックを入れてもいいかもしれませんが、他はすべてそのままで構いません。
あとは「OK」をクリックすれば、必要なAUXトラックなどが一気にインポートされ、ミックス前の準備作業が一気にラクになるという訳です。
誰がやっても変わらない作業は効率的に片付けるべき
機械でなく、人間が音楽を作るメリットがあるとすれば、それは楽曲に生々しい息吹を吹き込む事です。
機械が得意な事はさっさと機械に任せ、それよりも大切な一瞬の創造性を逃さない様にしましょう◎