良いレコーディングとは何か
いろんな議論の余地があるテーマかと思いますが、ここでは下記の2点にしぼって話を進めていきます。
①できるだけノイズの少ないクリーンな録音である事
②クリッピングせず、演奏のニュアンスが余すことなく捉えられている事
宅録環境で、この2点を追求する方法を見ていきましょう。
s/nにおけるノイズとは?
以前、16bitと24bitの違いとは?という記事で、オーディオインターフェースを念頭において「24bitの方がノイズが目立ちません」という事を紹介しました。
でも、よく誤解されやすいのですが、ここで言う所の「ノイズフロア」は、エアコンのノイズとか、ギターのノイズとか、部屋の外の電車の音とか、いわゆる「環境ノイズ」の事ではなく、システム由来のノイズの事です。
つまり、この場合は「オーディオインターフェース自体が発する微弱なデジタルノイズ」という事と、ほぼ同義です。
オーディオインターフェース由来のノイズは、宅録環境ではほとんど問題にならないことが多い
一方、宅録における環境ノイズは、こうしたオーディオインターフェース由来のノイズよりも、音量面でははるかに勝る場合がほとんどです。
環境ノイズとなるのは、先ほど触れた様に、エアコンの音とか道路工事の音とか、宅録の場合は住環境からくるノイズの事を言います。他にも様々な家電や照明の電磁波、PCモニターや携帯電話などで、工夫次第でノイズの量を軽減する事は出来ても、住居を兼ねている以上、完全に除外する事はまず不可能です。
余談ですが、だからと言って「何くそ」と変な方向性に開眼する必要はありませんからね、念の為…。
たとえば、早まって何万円もする電源タップを買う必要はありません。あれは嗜好品コレクターの階級を示す胸章みたいなものなので、実用性を優先したいなら、手を出すのはリタイヤした後でも間に合います。
「録音レベル」とノイズの関係
音圧と録音レベルは関係ない
もうひとつ、混同されがちな事があるので、ハッキリさせておきましょう。
「なるべく大きな音量で録音する」という慣習が、さも「音圧」に関係するかの様な意味合いで語られる事がありますが、実際はほぼ無関係です。
「音圧がある」状態とは、単に、大きな音と小さな音の差が少ない状態の事をいいます。録音レベルに直結する話題ではありません。
わずかな関係があるとすれば、「アナログ機器のインプットを過剰にドライブして、内部で意図的なクリッピングを引き起こす」という音作りの手法が、結果的に最終的な音圧に貢献する場合も無くはありませんが、どっちにしても、それはプリアンプ等を使った「音作り」のアプローチに関する話です。インターフェースへの録音はその後に来るので、今話している録音レベルとは関係ありません。
デジタルレコーディングにおいて、大きな音で録音する意味が何かしらあるとすれば、それは「システム由来のノイズフロアを相対的に小さくしたい」という以外ありません。
ソースに乗ったノイズは録音レベルと共に増幅される
ただ、先ほど、宅録環境ではオーディオインターフェースのシステム由来のノイズ音量に勝るノイズが、住環境経由ですでに録音しようとしている音自体に乗っているという話をしました。
つまり、インプットを大きくした所で、システムノイズより甚大な環境ノイズが増幅されるだけで、全体のノイズ量を減らすというメリットは、特に享受できない訳です。
むしろ、ヘッドルームが減って、無駄にクリッピングのリスクが上がるだけ、とも言えます。
VUメーターに学ぶ、「ヘッドルーム」の活用法
昔のレコーディング現場では、VUメーターを基準に録音するという事が行われていました。
これは、ほとんどのアナログ機器が、「+24dBU」という音量域でクリッピングする様に設計されていたことに由来する慣習で、クリッピングを防ぐために、その下に「20dBU」の余裕を設け、約「+4dBU」地点を基準にVUメーターの「0」を合わせたという背景があります。
こうしておくことで、たとえば、ドラムとかベースとかボーカルが通常演奏している状態がVUメーターの「0」(+4dBU)であるなら、瞬間的に多少力を込めて音量が増幅したとしても、その上にまだ20dBUの余裕があるのでクリッピングしないという、実用性があったのです。
つまり、演奏のニュアンスを出来る限り収録しながら、かつ、クリッピングしない範囲でアナログ機材由来のノイズを最小限に抑えられる(s/n比を追求できる)という、2つのメリットがあったのだと言えます。
ちなみに、dBUという単位と、私たちがデジタル分野で使うdBFSは同じではありません。詳しく知りたい方は、下記の記事を参照してください。
関連記事:VUメーターの概略と、ゲイン・ステージングへの活用テクニック
デジタル環境の利点を活かしたレコーディングを
以上の点を踏まえて、最後に、これから宅録に挑もうとする初心者の方にお勧めのセッティングをお伝えします。
①全体的な音量が、大体「-20~-18dBFS」になる様にレコーディングする
「dBFS」というのは、ProToolsをはじめとする普通のDAWがデフォルトで採用しているデジタルスケールで、音量メーターと数字の両方で表示されています。
このメーターで大体「-20~-18」を基準にレコーディングすれば、音が小さすぎる事もない一方で、滅多にクリッピングする事はないでしょう。
これは昔ながらのVUメーターを使ったレコーディング方法をデジタルツールでエミュレートする、海外では良く知られたやり方です。
20~18dBFSもヘッドルームがあれば、常識的な範囲でのクレシェンドやディクレシェンドにも余裕をもって対応できますので、ライブレコーディングなどにもうってつけです。
関連記事:宅録環境に強い味方!プロツールスのレベルメーター全17種の徹底解剖
②(お金を掛けずに)宅録環境由来のノイズをなるべく排除する
良いオーディオインターフェースを買っても、ソースがノイズまみれでは残念です。
なるべくクリーンな宅録環境になる様に、単にお金をかけるのでなく、その前に何ができるか工夫しましょう。
PCをなるべく作業場から遠ざける、必要以上に巨大なPCモニターを使わない、各種ケーブルをきちんと管理する、携帯の電源をオフにするなど、お金を掛けなくても、いろんな事ができます。
パソコンだけは他の物とは別の壁コンセントから電源を取る、と言ったことが、建物によっては効果的な場合もあります。
ノイズ対策は、宅録アーティストはほとんどみんな通る道なので、いろいろ配置換えしたりして悩みながら、とにかく環境の最適化を目指してがんばってください。
これだけに一日から一週間以上費やす位でも、個人的には別に構わないと思います。
宅録やるなら、このことはそのくらい大事ですよ。
③ノイズリダクションツールに投資する
オメー結局それかよ!!と言われるかもしれませんが、②で全部解決できるなんて思っちゃいけませんよ。
特に、日本は住宅が狭すぎますから、自分の家が完璧でも、近所の住宅からどんなノイズが飛来してきてるか分かりません。
そもそも音楽制作っちゅうのは、クラシックな正攻法で行こうとすれば機材も要るし、場所も要るし、湯水の様にとは行かないまでも、企業レベルのまとまった投資が要る物なのです。
でも、「だから商業スタジオを大切にしていかなければならないんだ」という風にも、べつに個人的には思いません。贅沢な制作環境の維持にガタが来てるだけで、技術はどんどん進んで、個人レベルで昔出来なかった事が、今は余裕で出来る様になってます。
海外では、もう大体のエンジニアは出先や自宅でミックスしているし、アーティストにしても自分のベッドルームで録音している人はたくさんいます。
つまり、単にそういう時代なんだと思います。
ベストを尽くしたうえで、時代ならではの問題に直面し、解決策としてまあまあ使えるツールが存在するなら、それを利用しない手はありません。
「演奏も最高。感情も入ってる。でもノイズが『味』っていうレベルじゃないくらい、うるさい。」
そういう時、ノイズ・レデューサーを一個持っていると、10秒で問題解決できます。
今、いろんなのが出ているので、たとえばWavesの「X-Noise」とかしょっちゅうセールになってるし、安いのだと一万円弱くらいで買えますから、便利そうだと思ったらぜひ見てみてください。特に、他人の録った素材を扱う機会の多いエンジニアやプロデューサーを志す方は、絶対早いうちに持っておいた方がいいと思います。
その方が、たぶん数万円の電源タップより実用性高いと思いますよ。